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2008年11月

「ミサンガパワー!! part 5」…新聞記者が来た!…

・・・ 大ぼけ! 出会いは2005年。
2年目だから…2006年の話し(汗)・・・

 「取材お願いしたいんですが?」
プレートは戻って来たし、関係各位にきちんとお礼もしたしっと。
で、満足満足。まぁ、男の子の頭の形と言うべき所を「頭蓋骨」と
言ってしまった失言はご愛敬と言うことで。(汗)(詳しくは
「ミサンガパワー part4」を読んでね)

そんなある日、オラが町の公報担当の編集者Nさんから電話があり、
県の新聞と子供新聞の記者からそれぞれ取材要請があったから、
この際受けてはどうかと。大胆なことを言うわりにはひっそりと
地味好みの私。すぐに拒絶反応を示し、電話口でダダをこねたの
でした。

「県の新聞はタウン誌が窓口になるし、子供新聞は学校と先生・
生徒が主だから」と、そこは百戦錬磨のNさん。上手く言いくるめ
られ(?){なぁ~んだ、話は全て済んでるし活字になるだけなら
まぁいいかな}と、二社の取材を受けることになったのでした。
ところが、そうは問屋が卸さなかったのです。

 取材日の当日、タウン誌の編集担当者Yさんから電話で「取材、
終わりました。これからそちらに向かいます」と。「えーっ、
だって話は全て終わったんでしょ。写真が必要ならそちらにある
のを渡して下さいよ~」とこれまたしつこく哀願したのですが、
防波堤のはずのYさんが、なんと記者を引率して我が家に来て
しまったのです。(汗)

と言う訳で、賞罰に全く縁のなかった私の元に、情報最前線!
みたいな新聞記者が訪ねてきたのでした。{こうなると子供新聞も
危ない…!}とビビル私。案の定、学校訪問の後、記者が我が家に
みえたのでした。

まぁ、二社とも内容はこれまで紹介したプレート発見の話ですが、
さりげなくする質問にさりげなく適当な返答でもしようものなら、
突っ込み返される質問はさすがに鋭く、ウソなんかすぐに嗅ぎ分け
られてしまいそうな感じ。我が家の臭いかぎ大好きおぼっちゃま
ホーリー君の良きライバルです。ハイ!?

 そんなこんなでプレートの話は記事になり、しかも、記事が掲載
された新聞が小学校のみんなに送られたのです。取材した女性記者
さんのはからいでした。(感謝)

また、県の男性新聞記者さんは、小学校で私が盲導犬の話をすると
知り、取材後、改めて学校まで足を運び、素人の私の話を聞いて
記事をまとめてくれました。(再び感謝)

 こうして、ミサンガが切れてから俄に賑やかになった周囲。でも、
肝心の{ホーリーが上手に歩いてくれますように!}との哀願は
いったいどうなってるんだろう…といぶかる私。だって、ここまで
予期せぬ事が起きれば、そりゃ期待しちゃいますよ~。

そんな私のブーイングが届いたのか「まぁまぁ、果報は寝て待て
ですよ。慌てない慌てない!」と、生来の私のねぼすけを知ってか
知らずか…そんな声が聞こえて来たような…。失明してからこちら、
聴力が研ぎすまされて来たもので。(汗)

ところが、切なる願いが叶わないのは当然でした。なぜって、
ミサンガパワーはまだ終わっていなかったからです。「見限っては
いけません!」とばかりに、信じない者をも救うため、次に炸裂
するチャンスを待っていたのでした。ありがたいことです。(号泣)

 つづく

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「ミサンガパワー!! part 4」…50万年の死角…

・・・ 大ぼけ! 出会いは2005年。
2年目だから…2006年の話し(汗)・・・

 「そうだ! お礼に行こう!」
その日、私とホーリーは、プレートを拾ってくれた男の子たちに
お礼を言うため、感謝の品を持って小学校に行きました。
なんたって彼らは一番の功労者なんですから。(笑み)

当時、地元のタウン誌にこのブログと同じタイトル「盲導犬ホーリー
とおさんぽ」と言うタイトルで寄稿していたこともあり、編集
スタッフも同行し、私とホーリー、スタッフ二名は、校長室で
皆さんとお会いしました。

私はこの小学校卒。在学中だって入ったことのない校長室。歴代の
校長先生の写真が飾られている部屋で少し緊張し、彼らが来るの
を待っていたのでした。

 記念の品は、ビーズで作った骨の型をした根付け。小さな鈴が
ついています。根付けはホーリーとお揃いで、その日、彼も首輪に
つけて行きました。(笑み)

写真をアップできずに残念ですが、ホーリー用は粒の大きな
白ビーズで作り、男の子たち用は小粒の白ビーズで作ってあります。
あっ、もちろん先生にもお渡ししましたよ。校長先生の文は
忘れちゃったんですけどね。(汗)

 私の隣に座った男の子たちが、小さな声でボソボソ話して
いました。「何くれるんだろうね?」。それが可愛くて、自然に
隣に座っていた男の子の方に手が伸び、クリクリとその頭をなでて
いた私。(汗)

少し前まで幼稚園・保育園に通っていた男の子の頭は小さく丸く、
とっても可愛い。また、その形がまことにカッコよく、私は思わず
言ってしまったのでした。「なんて形の良い頭蓋骨!」。(大汗)

常日頃、準備のない発話には充分気をつけているのですが、
その日もついやってしまったのでした。周囲の大人たちがのけぞり
引いてしまうようなことを言ってしまったことには、実は深い理由
がありまして…。

 えっと。当時私は、伴野朗(ともの ろう)著『50万年の死角』
と言う本を読んでいまして…。ちょこっと概要を紹介しますと、
第二次世界大戦終結間近、日本軍が、中国から持ち出そうとした
北京原人の頭蓋骨がどさくさに紛れどこかに消えてしまい、
今もって発見されていない事実をベースに書かれた、江戸川乱歩賞
受賞の時代推理小説です。

で、これがまたおもしろいのおもしろくないのって…。さ~て、
どっちでしょう? と言うわけで、頭の中は北京原人の骨がどこに
消えたか…。頭蓋骨の行方でいっぱいだったのです。弁解するには
このように長い説明が必要で、場所も校長室だったし…。

編集スタッフの皆様、並びに校長先生と担任の先生、ご理解
頂けたでしょうか? 日頃の私は、決して唐突に頭蓋骨を褒める
ような趣味を持つ人ではないのです。まぁ、若干それに近い傾向は
なきにしもあらずですが…。(大汗)

ちなみに、私が初めて「北京原人」のことを知ったのは、訪問した
小学校の図書館で、4年生の時に借りた『北京原人発見』を読んで。
これも何かの縁でしょうか? しかし、昔も今も読んでいる本に成長
が感じられませんねぇ。書いていて気がつきました。(号泣)

 そんなこんなで時は過ぎ、お礼を言い校長室を出ると、スタッフ
が懐かしの放送室付近で顔見知りの先生と出会いご挨拶。何だか
判らないけど、ホーリーと一緒だったこともあってか、5年生に
盲導犬の話をすることになったのです。でも、その前に、先生や
男の子たちにもミサンガからプレゼントが届くことを、そこにいた
全員がまだ知りませんでした。(笑み)

 つづく

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「ミサンガパワー!! part 3」

・・・ 大ぼけ! 出会いは2005年。
2年目だから…2006年の話し(汗)・・・

 「あっ、ミサンガが切れたんだ!」
世に偶然はないと思っている私は、プレート発見の奇跡の連鎖を
一人考えながら思い出したことがありました。それは、プレートを
縛っていたミサンガのことです。

ミサンガって……よく知らないので、知りたい人はwikipedia、
もしくはグーグルで各自調べて下さい。オホン、それでミサンガ
ですが…。

これってずいぶん前から流行っていた願掛けの品で、細い色糸
数本で手で編める平ひも状の物。柄などを編み込んであって
なかなかおしゃれです。願い事をして体のどこか(ほとんど手首
のようだけど)に結びつけ、それが切れれば大願成就ってこと
らしいです。

 ホーリーのプレートを結んでいたミサンガは、私の好きな色で
姪が作ってくれた手作り品。「願い事してから縛ってね」と言う、
可愛らしい気持ちのタップリこもった一品でした。

何てったって目が見えるようになることが一番だけど、競争率も
難易度も高そう…と、願掛け前に自己完結。ここはやっぱり、
見えないことを前提に手堅く前向きに考えないと叶う願いも叶わ
ない気がして、「ホーリーが一日も早く安全にガイドしてくれます
ように」と、もうそれしかない と言うほど切実な思いで願いを
込めプレートを縛ったのでした。(汗)

 だいたい、私はこの手の願掛けは信じておらず、イヤ、本当は
ちょっぴり信じていたんだけど…。と言うか、お福さんが作って
くれたミサンガに願を掛けて足首に縛っておいたところ、切れる
どころかそのままスッポリ抜けてしまい、{おーっ、これは切れた
も同様。イヤ、切れるより完全な形で分離なんてさい先が良いかも!
大願成就の証!}とほくそ笑み、一応お福さんの知ってる関係者に
聞いてもらったら…。

「さぁて、今までそんな話聞いたことないですねぇ。…たぶん…、
ダメなんじゃないですか」とあっさり。(号泣 )と言う訳で、
それからは淡い希望は持たぬよう自らを戒めていたのでした。

だって、あんなに丈夫そうなひもが切れるなんて思えなかったし、
つけてる人に聞いてもなかなか切れないって言ってたんですもの。
手首に何本もブレスレット代わりに縛っていた後輩のそれは、日々
色あせ薄汚れ、臭ってきそうな気さえしてもまだ切れず、よほど
願いが大きかったか無謀だったか…と思ったものです。(しみじみ) それが切れたんですよ!!それが!

 プレートリターンの経緯をラッキーな偶然が重なった結果と知り、
不思議な力の存在に思いが及んだ時「ハッ」と気づけばそこには
ミサンガが…。こんななので「どこが切実な願い?」と問われたら
急いで穴を掘らなければならないほど、実は、願を掛けたことなど
すっかり忘れていたのでした。(汗) だからよけい{何かある!}
と…。

 だけど、願いはホーリーの安全なガイドでプレートじゃなかった
のになぁ。ミサンガが切れても出来ることと出来ないことがあって、
これで我慢してねってことなのかも知れない。なぁんだ、そう
だったのか。とすると、悪戦苦闘はまだまだ続くのかなぁ? (号泣)

絶好調に喜んでいたのもつかの間、忘れていたくせに希望通りの
願いじゃないとむくれたのでした。が、そこが民間伝承を甘く見て
いる素人です。プレート発見は、これから始まるミサンガパワー
炸裂の序章だったのです。

つづく

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「ミサンガパワー!! part 2」

・・・ 大ぼけ! 出会いは2005年。
2年目だから…2006年の話し(汗)・・・

 「あっ、これって…?!」
「後悔先に立たず」の教訓を未だに生かし切れず、大事にしない
くせに二度と手に入らないと判るといつまでもグズグズ言ってる私。(汗)

プラス、自分で探せないからよけいジレンマが加わり、パウチした
使用承があるから…と言われても、日に日に後悔と未練は増して
くるのでした。

思うに、それはプレートの存在意義がどうこうではなく、ここだけ
の話、管理の悪い自分に腹が立っていたような…。(再び汗)

 そんなある日、プクプクした物が入っている封筒が私宛に届き
ました。差出人は、いつもホーリーグッズを買っている協会内の
支援センターの店長さん。{何か入ってますねぇ。日頃の感謝の印
でしょうか?}と、ワクワクしながら開封してみると…。

入っていたのはメモ書きと楕円形の金属製プレート。字は読めない
けど、楕円のそれはなくしたはずのプレートだと直感。「母上~、
大変大変!」と、紙片と封筒、プレートを持ちドタバタと三十三間
の廊下を一気に走り抜ける私。(ウソ)

「これこれ、何を騒がしゅうしておるのじゃ」とお小言を言われる
こともなく母上の元に到着。「ねぇねぇ、これプレートじゃない?
手紙読んで、読んで! 」と一気にまくし立てメモ紙を渡す私。
「あら、プレートねぇ。どれどれ。」と明るい方に向き直る母上。
この動作は、老眼鏡なしで読むことに執着している姿なのです。

 「小学校の先生からセンターに届きました。番号を調べたら
ホーリーの物と判ったので送ります。連絡先と先生のお名前を記し
ますのでよろしければ連絡してみて下さい」。内容はだいたい
こんな感じでした。ハイハイ、すぐに電話しちゃいます。店長さん
にだってすぐに電話しちゃいますよ!(笑み)

{思いは叶うって言うけど、しつこくしぶとくあきらめずにいて
よかったなぁ~}と、今の今までそんなこと考えてもみなかった
くせに、いとも簡単に執着心を良い方に解釈する私。人間、この
変わり身が大事なのです。(汗)

 夕方、先生に連絡、お話を聞くことが出来ました。プレートを
拾ってくれたのは1年生の二人の男の子でした。その日、先生の
クラスでは校外学習で公園に行き、「夏の思い出」と題し園内で
それぞれが思い出探しをしていました。男の子たちはきれいな
葉っぱを探そうと、落ち葉を一枚ずつより分けていたところ、
葉っぱの下からキラリと光る物を発見! 大事な物かも知れないと
相談し、先生の所に持っていったのだそうです。(可愛い~)

受け取ったプレートには連絡先が刻印してあり、登録番号もある。
そこで先生が「落とし主に届けて下さい」と一筆したため送って
くれたのでした。(チャンチャン)

 話を聞けば、これは偶然とかラッキーとかを通り越し、私の
中ではもう奇跡としか言いようのない出来事。ホーリーとのお散歩
コースはほとんどいつも同じ。不慣れな歩行も理由の一つだけど、
歩道がなく信号もなくそのくせ車は多く、危なくて歩けないのです。
(号泣)

たまに家族と一緒に違う道を歩きますが、プレートが落ちていた
公園もそんな「たまに行った場所」なんです。だから、もし家族が
奮起してお散歩コースを探してくれたとしても、公園にまで探索は
及ばないどころか、公園に行ったことさえ思い出さないかも知れ
ない。(涙)タイミングがずれていたら、自治会の公園掃除で
落ち葉と一緒に処理されていたでしょう。どうです、すごいでしょ?

だから、校外学習の日があの日じゃなかったら。男の子たちが丁寧
に落ち葉を観察していなかったら。プレートを見つけても「ゴミ
じゃない?」と放ってしまえば…。先生の優しさ。店長さんの
心遣い。それら全てが整って、初めて戻ってきたプレートだったの
です。(一人感動)

 つづく

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「ミサンガパワー!! part 1」

・・・ 大ぼけ! 出会いは2005年。
2年目だから…2006年の話し(汗)・・・

 「な・ない…!!」
ホーリーの首輪には、小さなカウベルとプレートが二枚つけて
ありました。「猫に鈴、犬にカウベル」と言うように(ウソです)
カウベルの音は見えない私にホーリーの動きを教え、その音で不穏
な気配さえ感じられる今日この頃。(詳しくは「きれいが大好き!」
を読んでね)。

そのプレートは、共同訓練終了時に協会から頂いた物で、ホーリー
の盲導犬としての登録番号と(財)日本盲導犬協会の名称、電話
番号が刻印されている、いわば彼のパスポートのような大切な物。

本来の役目とは違うけど、ホーリーの動きでカウベルとプレートが
ぶつかり合い、その微妙な音色が彼の歩調まで伝えてくれている
ようで、私には別の意味で役立っていたのでした。(汗)

 ある日、その音がいつもと違うことに気づき、首輪に触れると…。
「な・ない…!!」。そこにあるはずのプレートがない。(汗)
しかも、予備の分として二枚もらったのに{後ではずそ~う}と、
いつものように無精してそのままつけていたため、一気に両方とも
紛失。(再び涙 ){ど・ど・どうしよう~}と、するすると顔に
すだれが降りてきたのでした。

 家族に「家の中で見なかった?」と聞いても答えは「ノー。
それどころか「えっ、そんなのついてたの?」と全員に聞き返され、
家族の注意力のなさにガックリ来た私。1年以上「ホーちゃ~ん」
なんてスリスリしていても気づかないなんて…。

そりゃあ、ホーリーの首にはタプタプがあって、しかもそれは他の
ラブラドールレトリーバーと比べてもタップンタップンらしいけど、
プレートは首輪にぶら下がっている訳だし、いくら毛皮着てたって
埋もれるほど毛深くないし…。どう好意的に考えてもねぇ~。

となると、落とした場所は外しかなく、外なんてもっと判らない。
第一、毎日ほとんど同じ道をお散歩してるって言ったって、路肩の
雑草や途中にあるゴミ収集場所を、這うように舐めるように捜して
くれる奇特な人が一体どこにいると言うんです(号泣)

 で、翌日、お小言覚悟で急ぎ神奈川訓練センターに連絡。
プレートの再発行をお願いしてみると…。電話口に出た訓練士さん
が(ハイ、ここは桜塚ヤッ君風に)「いーいました」。

「…。あぁ、あれは昔の名残でね。プレートが余ってたから捨てる
のももったいないから作ったんです。おかげでプレートも在庫が
なくなりましたし。パウチした登録書持ってますよね? 今はあれ
なんです。だから大丈夫、最後の日に聞きませんでしたか?」。

{エッ、そうだったっけ!}と焦りながら「そ・そ・そう言えば
そうでした。ハハハ(汗)」と、上手く話をごまかしたのでした。
だって、出てくれた訓練士さんが続けてこう言ったんですもん。
「聞いていないとすれば、担当の訓練士の職務怠慢と言うことに
なりますが」って。

改めて問われたら、一瞬どころかエビ状になって後退してしまう
ほど記憶力には自信がない。周囲によると、「最近、更にパワー
アップし磨きがかかって来た」との評だが、恐らく一番声高に力説
しているのは、自分が忘れ、人のせいにしているであろう○○○○
ではないか…? と思うのは私だけです。ハイ!

 そんな訳で、私の思い違いが担当だった訓練士さんの査定に
響いたら大変! と思い、記憶を辿る間もなく慌ててジャッジ。
{きっと、その一瞬だけ気を失っていたに違いない!}と結論。
未練がましく{あの音、好きだったのになぁ…}と思いつつ、
予備をはずしておかなかったことをウジウジと後悔していた私
でした。が…。

 つづく

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番外編 「踏んだり蹴ったりの神無月」

 前回、アップしてからドップリと読書三昧の日々を送る毎日が
続き「さぁて、記事を書いて更新しないと」と思ったらメイン、
セカンド共、PCが壊れてしまいました。(号泣)

更新はまぁいいんだけど、大事なデータや、シコシコ集めた
お気に入りのURLが一気に消滅は痛い!! ションボリしていると、
「今朝の新聞に入ってたけど」と、母上がPCメンテのチラシを
取っておいてくれたのです。

何という絶妙なタイミング。いつもはスーパーの安売りのチラシ
しか見ないあの母上が、しかも、そのチラシには絵がない!
(嬉し涙&感謝)

で、予備に新しいPCを買うことにして、旧PCはメンテで大枚かけて
復活! とは言っても最終的にHDDを交換するまで3回来てもらって
るし、そのたびに掃除したりメモリー差し替えたり…と、なんや
かやで延命してしまい、前後してセカンドマシンもクラッシュ!(涙) 

で、予備用新PCを購入したので、これはもう、ビギナーズラックで
有馬記念に賭けるしかない…と思わせるほど。昨今の不景気は、
私みたいな者の所に来なければならぬほど、貧乏神をおいつめ
困窮させていたのでした。気がつけば神無月。貧乏神は出雲に
行かなかったのかな?(涙)

そうこうしているうちにさらに寒そうな名前の霜月となり、天気
予報では北風一号が吹いたとか吹かないとか? 外は寒いし懐は寒いしで、{せめて今年の冬は暖冬でありますように}と、ひたすら
哀願し続けている今日この頃なのです。

 と言う訳で、これから2台のPCの環境をボチボチ整えながら、
更新に向けてお部屋でタイプタイプ! 豪語した訪問者数1,000名
記念新ブログ開設も延び延びで、またもタイムリーなはずの記事が
すっかり過去形になってしまいました。(落涙)

思うにHDDのクラッシュは、やっぱり私のような対だな人に、
出雲にお出かけの神様からの留守番メッセージ。

「そんなにさぼっててブログ二つ管理は無理無理! これ一本で
じみ~に確実に確実に」って言うありがたい天啓だったりして…。
{はい、そうします}自分で書きながら妙に納得。(号泣)

 それでは皆様、この辺で。

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